Profile:
岩手県出身。20歳で東日本大震災を経験し、2015年より復興支援員「釜石リージョナルコーディネーター」広報に着任。
2019年よりフリーアナウンサーとして独立し、岩手と首都圏にてイベントMC、ラジオパーソナリティーを経験。
2021年の東京五輪開催に際して「東北の復興に邁進した人たちの生き方、マインドを世界に伝えたい」と映像制作を開始。
2023年には北海道美瑛町にて野生のキタキツネを追うセルフドキュメンタリー、
盛岡市動物公園にてアフリカゾウの人工授精プロジェクトを追うドキュメンタリー制作を開始。
2024年よりタイムラプスクリエイター・清水大輔とユニットを、2026年よりクリエイター集団Code:B(仮)とタッグを組み、マルチメディアコンテンツのディレクター・プロデューサーも務めています。
趣味は漫画、昼寝、愛猫を愛でること。夢はアラスカで野生のホッキョクグマに会うこと。
What I Offer:
1. 中長期取材による本質的ストーリーの発掘
表面的な情報ではなく、時間をかけた取材を通して
人・組織・地域の背景を踏まえた本質的なストーリーを言語化・可視化します。
2. ストーリーを軸としたメディア設計
伝えるべきストーリーラインに最適なメディア手法を設計。
映像・音声・テキストなど複数のメディアを横断し、受け手の心に届く構造を設計します。
3. ドキュメンタリー・ライクなコンテンツの創作と発信
リアリティと余白を大切にした映像・音声コンテンツを制作。
カジュアルなショートムービーから、12K映像など最先端技術を活かした作品まで対応可能です。
音声はFMラジオからポッドキャストまで幅広く制作いたします。
小さい頃からとにかく動物が好きで、将来の夢は「ムツゴロウさん」と卒業文集に書いた。
大学生になり、自然保全の第一人者である恩師に出会う。壮大な目標を携え、どんな職を選ぼうかと焦る当時の私に、師は「自然や動物を守るためには、人間が平和に暮らせる世の中を作らなければなりません」と、ひたすらに説いた。
二十歳の時、故郷を東日本大震災が襲った。ボランティアとして働くうちに、行先不明な自分の未来を抱えて右往左往していた自分とは対照的に、先の見えない被災地域でも希望を自ら作り出して行動する人々に、強く惹かれるようになった。
その後私は、海外に出る機会に恵まれた。前述の師の教えもあり、途上国でインターンを重ね、アマゾン川の流域でピラニアを食べて、アメリカの貧困街で約2年、生活した。
アメリカは大学院に通うために行ったものだったが、想像していた留学生活とは全く異なるものだった。銃声がなるのも日常茶飯事な場所で、自分を守るのに必死。買い物に一人で出ることも怖くて、主食は通販で買い貯めたトマト缶。
そういう街にいたので、「まずは人間の平和を…」という師の言葉を、現実のものとして痛感した。
2014年の夏、NYCにある国連本部の日本代表部にてインターンとして働く期間があった。
Sustainable Development Goalsが策定されていく、まさにその瞬間の会議が建物のあらゆる会議室で行われており、私は紛争解決を主なミッションとした部署を手伝いながら、暇を見てそれらの会議に潜り込んだ。
そこで見た、自然保護のために話し合う人たちの会話は、想像していたよりもっと、単純だった。しかし不思議なほど、とても希望的で輝いて見えたのだった。
外交とは弱肉強食の世界であり、自国の利益を問答無用で最優先する、というスタイルに、日本人インターンの私は常に怯えていたのを覚えている。そういう側面ももちろんあったものの、あるいはそういう外交の現実や、途上国、貧困街の現実を見たからこそか、”それでも” 地球の資源を守る、という同じ目的、同じ利益を持って、色々な国の代表がテーブルに座る姿は、人々の不幸な現実や歴史の中で、やっっっと辿り着いたものなのだろう…と若輩ながら思って、感動したのだった。
私がその時見た、希望的な景色を、日本にいる家族や友人、知人たちに伝えたくて堪らなかった。
そうして、もっと多くの人が、このテーブルで話されている「Sustainable Development Goals」などという横文字の価値を理解し、行動するようになるだろう、と思うなどした。
(「伝えたい」いう私の衝動は、この時から始まったと思う。)
しかし当たり前のことであるが、現実は甘くない。私がこの海外での現場経験を通して認識したのは、
地球の平和のために考え、行動してきた人たちの歴史が、政治、アカデミア、草の根活動の中にもある一方で、
苦しんでいる人や破壊され続ける自然があり、辛い現場ほど諦めの文化が根付いている、ということ。
そこには、きっと何かしらの情報の伝達ミスがあって、認識のズレが生まれているのではなかろうか(問題はそれだけではないとしても)。
あくまで主観的な解釈だとしても、希望を持てる人が増えたなら、行動する人が増えるのではないだろうか…etc。
とにかく私は、そういう情報の断絶を埋める人になりたい、と思った。
帰国してから、私は自分なりにその命題に向き合った。
最初に選んだ仕事は、東日本大震災の被災地の復興支援員チームの広報。それから、司会業、ラジオパーソナリティ、ライター、非営利団体のスタッフ、カメラマン、映像ディレクター。
一つの技術を極められないという悩みもあったが、私はとにかく、何の手法なら、人の心に伝わることができるのか、ということをあらゆる角度から試してみたかった。
現場は十分に歩いたし、伝えたいことはすでに心の奥にできている、と思っていたので。
未だにその、己の「伝える力」を磨く修行の序章に過ぎないけれど、多くの挑戦と失敗を経て一つ確信したことがある。
人は情報そのものではなく、
その出来事に「自分にとっての意味」を見出したとき、
初めて行動するということ。
人が読みたい、聞きたい、見たいと思うのは
何かの情報ではなく、人間、すなわち、自分と重なる何がしか、ということだった。
私はそれを、「ドキュメンタリー」と呼ぶことにしている。
随分と前置きが長くなって恐縮だが、私はそういう訳で
ドキュメンタリー・ライクなコンテンツを作ることにこだわっている。
音声でも、写真でも、ショートムービーでも、中長編の映像でも、
被写体なではのストーリーであると同時に、受け取り手に必ず共鳴するエッセンスを強調するようにしている。
そのためには、被写体との信頼関係と抽象き取材が必要不可欠であるので、
クライアントの方々とは数年かけてお話をし、何度も現場に向かわせていただくことも多い。
そして、企画から表現までを一貫して設計し、唯一無二のストーリーとして届けることに、共に挑戦している。
今、私が撮影を続けている人たちは、私が世界で学んできた「自然と人の共生」のエッセンスを体現している人たちばかり。
そして、私の技術と経験不足を補ってくれる、心強いクリエイターの師匠やパートナーたちにも恵まれるようになった。
10年前に地球の反対側で思い描いた景色に、ようやく一歩、近づけるようになった気がして
私は自分の肩書きを「ドキュメンタリー映像クリエイター」と名乗ることにした。
展示・受賞・メディア掲載歴(一部)
・2020–2021年 岩手県釜石市震災伝承施設 常設展「Legacy of Resilience」
・2021年1月25日 朝日新聞 掲載「復興とは何か被災地の生の声伝える」
・2021年8月6日 読売新聞 掲載「[人の輪]被災地と海外 動画で結ぶ」
・2022年 東京カメラ部動画コンテスト 審査員特別賞 受賞「Legacy of Resilience」
・2023年2月 SONYイメージングギャラリー銀座 映像作品展「I hope it reaches you-3つの物語」
出演・MC活動実績(一部)
・2017年 シェアリングエコノミー協会主催「Share Summit 2017」バイリンガルMC
・2018–2024年 エフエム岩手「KAWATOKU presents ROCK ON THE FM!」「Bra-Ban!」パーソナリティ
・2019年 (株)かまいしDMC・釜石オープン・フィールド・ミュージアム実行委員会共催「釜石国際観光フォーラム2019 持続可能な観光とジオパークとDMO」バイリンガルMC
・2020年 岩手日報社「いわぽん」Web CMモデル
・2020–2021年 岩手日報社「花時計」朗読パーソナリティ
・2022–2025年 NPO法人環境パートナーシップいわて主催「地域循環共生圏SDGs・気候危機フォーラム」MC・ファシリテーター